「ランクル70を“タイヤレス化”?常識破りの発想に迫る。構造、事例、未来性までを妄想とリアルの間で深掘り!」
第1章:「そもそも“タイヤレス化”って何だ?」——常識を疑う、ランクル70への新たなアプローチ
タイヤが無い車?それってどういうこと?
「ランクル70をタイヤレス化したいんですけど」
この一言が、どれだけの人に「え?」というリアクションを引き出せるか、想像してみてほしい。タイヤが無い車、つまりタイヤを外した状態で成立する車両構造とは何か?……と問われても、普通の感覚なら「そんなの車じゃない」と思うはずだ。
でも、この“当たり前”を疑い、再構築しようとする動きが、カスタムカルチャーの中でひそかに、しかし確実に熱を帯びてきている。特に“ランクル70”という、どこまでも無骨で信頼性の高い車両をベースにしたとき、そのチャレンジは単なる奇をてらった改造では終わらない。
“タイヤレス化”という言葉の本質とは
そもそも「タイヤレス化」という言葉。これは、辞書に載っているような定義があるわけじゃない。むしろネット上の議論やマニア同士の間で生まれた、どちらかというと造語に近いニュアンスを持つ。直訳すれば「タイヤを無くすこと」だが、ここで重要なのは“何のために無くすのか?”という視点だ。
一部の実験家や変態的とも言えるエンジニアたちは、「タイヤが無くても移動できる構造とは何か?」という命題に取り組んでいる。クローラーやホバー、スキッドプレート走行など、技術的には“可能”な分野がいくつも存在する。そしてこの流れの中に、“ランクル70タイヤレス化”というキーワードがひっそりと存在している。
ネット上での“噂”と情報の混乱
「ランクル70 タイヤレス化」と検索してみると、現時点でははっきりとした事例や実例は少ない。しかし、だからこそこのキーワードには妄想の余地がある。なかには「履帯で走るランクルを見た」「ホバー化したCGがあった」など、憶測まじりの話が点在しているのが現状だ。
情報の断片を拾い集めると、確かに“何かが始まりつつある”空気はある。CGアーティストが創造したコンセプトモデル、海外のYouTuberがアップしたクローラー改造、あるいは月面探査機を模したプロトタイプ車両。これらが無秩序に散らばり、確固たる文脈を持っていないがゆえに、ある意味“面白い”。
タイヤレス化=ロジックではなく“感覚”
ここで一つ、重要な前提がある。それは「タイヤレス化」が必ずしも“合理性”を追求した発想ではない、ということ。もちろん技術的な工夫は必要だが、それ以上にこのキーワードの裏には**「やってみたい」「誰もやってないことをしたい」**という衝動が見え隠れしている。
つまり、ランクル70のタイヤレス化は、“意味”があって行うのではなく、“意味を見出したい”という行為そのものなのだ。これはロジカルな思考ではなく、衝動的な遊び心や反骨精神に近い。だからこそ、常識にとらわれているとこのテーマは理解できない。
本記事での“タイヤレス化”の意味付け
本記事では、「タイヤレス化=車両を従来の駆動手段から解放する行為」と定義する。必ずしも“完全にタイヤを取っ払う”ことを意味しない。クローラーやスキッドシステム、エアレス構造なども“タイヤレスの一形態”として含む。
読者が期待するのは「やってみたらどうなるの?」という未来の可能性であり、そこにはリスクや問題点も当然ついて回る。しかしそれでもなお、“ランクル70”というレジェンド車両でそれを試みることに、浪漫と価値があるのではないか? そんな視点で、本記事は進んでいく。
第2章:誰が“タイヤレス化”を求めているのか?——市場のニーズと狂気のロマン
こんなカスタム、誰が求めるの?
正直言って、「ランクル70をタイヤレス化したい」なんて言い出す人は、ごくごく一部の、かなり“尖った層”だ。でも実は、この“尖り”こそがカスタムカルチャーの原動力だったりする。
彼らは「何か役に立つから」「走行性能が向上するから」という理由だけでは動かない。むしろ、「普通じゃないことをしたい」「他の誰もやってないことをやりたい」という欲望に突き動かされている。
ここで浮かび上がってくるのが、以下のような人物像だ。
- 個人ガレージでコツコツ自作するDIYビルダー
- 元・車整備士で趣味がカスタムのセミプロ
- ランクル愛が強すぎて、むしろ破壊と再構築に興味があるマニア
- SNS映え重視のビジュアル系車オタ
- 自動車という枠を超えてアート作品として扱いたい創造者
この時点で「あ、自分だ…」と思った人、あなたはもう“危ない領域”に片足突っ込んでる。
タイヤレス化が“解決”する何かがあるのか?
「いやいや、遊び心は分かるけど、タイヤを外すことに実利はあるの?」という意見はもっともだ。実際、一般的な日常利用を考えれば“ない”に等しい。
ただし、限られたシーンでは「ある」と言い切れる。たとえば:
- 雪や泥など、タイヤが沈みやすい路面での安定走行
- 被弾やパンクが許されない軍用用途
- メンテナンスフリーな移動手段を求める極限環境(砂漠や極地など)
つまり、タイヤレス化は究極のニッチソリューションであり、“すべての人に向けた進化”ではなく、“特定状況における最適化”という側面を持っている。
「変態」で終わらせないために
このテーマが面白いのは、“実用”と“狂気”の間にある微妙なバランスだ。ただ奇をてらっただけでは「ネタ改造」に終わる。けれど、本気で突き詰めていくと、そこにちゃんと理屈がついてくる。
たとえば、ホイールベースをそのままに、クローラーシステムを装着するアイデア。もしくは、エアレスタイヤを極端に進化させたような“非ゴム系接地機構”。これらは単なる妄想に見えて、実はロジカルな設計思想に基づいていることが多い。
だからこそ、単なる思いつきではなく「じゃあ、どう作る?」と一歩踏み込める人にとっては、タイヤレス化は挑戦する価値のある課題なのだ。
「限界突破」のために、あえて壊す
カスタムの世界において「常識を疑う」という行為は、創造の入口だ。ランクル70という“完成された車両”に対して、あえて一番重要な“タイヤ”を取り去るという発想は、いわば完成からの脱却だ。
- 「ランクルに敬意があるからこそ壊す」
- 「あの頑丈さがあるからこそ実験できる」
- 「原点回帰ではなく、根底の再解釈」
こんな考え方が、タイヤレス化というカスタムに込められている。
カスタム文化という“遊び”の本質
カスタムカーの世界は、突き詰めれば“遊び”だ。でもこの“遊び”には、異常なまでの熱意と創造性がある。そしてその中で、“誰もやっていないことをやる”というモチベーションがとんでもない推進力になる。
タイヤレス化という発想は、まさにその象徴だ。実用性があるかどうかなんて、最初から答えは出ていない。むしろ「やってみたら何か分かるかも?」という仮説の爆発こそが、このテーマの本質だ。
第3章:ランクル70の構造と強みを再定義——なぜ“タイヤレス”が可能なのか?
「無理だろ」を「もしかして」に変える構造的ポテンシャル
ランクル70をタイヤレス化?
冗談だと思うだろう。けれど、そもそもランクル70という車両は**“無理を通して道理を蹴っ飛ばす”ような存在**だ。あり得ないような道を走り、普通の車が音を上げる環境でも黙って走破する。
そんなランクル70だからこそ、“無茶”な改造にも根拠がある。まずはこのクルマの“硬さ”と“シンプルさ”という特性から見てみよう。
フレーム構造という“自由度の源”
ランクル70は、今どき珍しいラダーフレーム構造を採用している。これは、車の骨格が「はしご」のような形をしていて、上にボディをポンと乗せているイメージだ。
この構造のなにがすごいって、とにかくいじりやすい。シャシーとボディが分かれていることで、下回りの構造変更や機構の換装がしやすく、フレームへの干渉さえクリアできれば、タイヤ周りの構造をゴッソリ入れ替えることも(理論上は)可能だ。
タイヤレス化に向いている理由:その1「剛性バケモノ」
ランクル70の代名詞ともいえるのがフレーム剛性の異常な高さだ。そもそもこの車、砂漠を100km/hで走っても壊れないように作られている。そのため、一般的な乗用車と比べてボディが“頑丈すぎる”とも言われる。
つまり、タイヤを外したり、まったく違う走行機構を装着したりしても、フレームが歪まない、割れない、文句を言わない。これはカスタム側にとって最大の安心材料だ。
タイヤレス化に向いている理由:その2「機械式=融通が利く」
現代の車はコンピュータ制御が進みすぎて、何か1ついじるだけでエラーのオンパレードになる。しかし、ランクル70の心臓部は、昭和生まれのメカ好きが泣いて喜ぶ“超アナログ”仕様。
- 機械式4WD
- デフロックも物理スイッチ
- 電子制御は最低限
つまり、コンピュータに逆らって改造を止められることがない。これは、現代車ではなかなか得がたい利点だ。
サスペンションと車高設計の柔軟性
タイヤレス化に向けた大きな課題のひとつは「接地の仕組みをどう置き換えるか」だ。そのためにはサスペンション周りの自由度が求められる。
ランクル70はフロントがリジッドアクスル、リアもリジッド。つまり左右が繋がっている超シンプル設計で、しかもリフトアップが容易な構造。スプリング、ショック、マウントの位置などをカスタムしやすく、極端な言い方をすれば**“何でも付けられるベース”**にもなる。
タイヤを失っても走れる理由を考える
タイヤが無くなる=「接地して回転する何か」を作る必要がある。たとえば:
- クローラー(無限軌道)
- スキッドプレート滑走
- エアレス・パッド型走行システム
- マグレブ走行(超電導)※夢のまた夢
こうした構造を成立させるには、重さやバランス、トルク伝達に耐えられる“基礎体力”が求められる。
その点でランクル70は、まさに「武骨なキャンバス」だ。重さに耐え、揺れに耐え、理不尽に耐える。これほど“いじり甲斐のある素体”はそうない。
タイヤレス=ランクル70の進化ではなく“分岐”
最後にひとつ断っておきたいのは、タイヤレス化は「ランクル70の正常進化」ではないということ。これは“可能性の拡張”であり、“文化としての分岐”だ。
従来のオフロード性能や耐久性をそのまま引き継ぐのではなく、ランクル70という設計思想を別方向にスライドさせるようなもの。だから、完成度がどうとか、性能が上か下かではなく、「こういうあり方もアリじゃない?」という問いそのものが価値を持つ。
第4章:実践例・プロトタイプ・未来予測——実際にタイヤレス化を試みたケースとは?
妄想じゃない。「現実」に足を踏み入れた人たちがいる
「ランクル70 タイヤレス化」という言葉を口にした瞬間、多くの人がニヤッと笑い、「それ、面白いけど無理じゃね?」と返してくる。
でも、その“無理”に対して本気で取り組んでいる人たちが、世界には確かに存在する。ここでは、すでに実在するタイヤレス車両、あるいはそれに近い構造を持つ試作車やコンセプトに注目してみよう。
軍用車両という「非常識が常識」な世界
まず注目したいのが、軍用車両の進化系だ。たとえば、アメリカやロシアの軍事開発では、タイヤではなく**無限軌道(クローラー)**を使った軽装甲車がいくつも存在する。
- 道なき道を進む必要がある
- パンクなどのトラブルを回避したい
- 整備が間に合わない前線でも機能する強靭さが必要
こうした背景から、**タイヤレスな“移動の仕組み”**が現実に採用されている。ランクル70のような高耐久車両が、クローラーに置き換わってもおかしくない…という想像は、意外と現実的なのだ。
火星探査車・月面ローバーから学ぶ「究極の走破性」
火星や月を走る探査車の多くは、当然タイヤを履いていない。というより、履く必要がない。彼らが使うのは「多関節型のホイール」や「可変構造のパッド型駆動」など、まったく別の走行メカニズム。
たとえばNASAの月面ローバーは、弾力性の高いエアレスホイールを使い、地球とはまったく異なる重力と地形に対応している。
ここで重要なのは、“タイヤがないこと”が目的ではなく、“過酷な場所で移動できる”という目的のために、結果的にタイヤを手放しているという点。
この思想は、過酷な環境を走破するランクル70とも、深い親和性を持っている。
「タイヤレス・ランクル」に一歩踏み込んだユーザーたち
国内外のYouTubeやフォーラム、インスタグラムを探ってみると、少数ながら“それっぽいこと”をしているユーザーも出てきている。
- スノーキャット風のクローラー化
- 極太のエアレスタイヤ装着からの“空気ゼロ走行”試験
- 完全停止状態で車体を移動させるローラーシステムの自作
どれも「これは完全なタイヤレスとは言えないが…」というグレーなものばかりだが、逆に言えば、“実験的中間形態”として非常に興味深い。
ランクル70をベースにしている例は少ないものの、その堅牢なシャシーと構造から、「次にチャレンジするならこれしかない」と語るビルダーも多い。
コンセプトカーに見えた「タイヤ脱却」の意志
メーカーサイドでも、“タイヤのない未来”を想定したプロトタイプをいくつか発表している。代表的なものが以下。
- MichelinとGMの共同開発:エアレスタイヤ「UPTIS」
- トヨタの「LQ」:未来的エアフローティング・ホイール構造
- 中国メーカーの月面用ホバークラフト試作
これらは全て、タイヤという既成概念を見直す動きとして捉えられる。
今すぐにランクル70で実現するのは難しいが、**「ああ、未来はそっちに向かってるんだな」**という流れははっきりと感じ取れる。
「SF」と「ガレージ」の間にある可能性
ここでひとつ面白いのは、タイヤレス化という発想が、「SFのように突飛」でもあり、「ガレージで試せそうな気もする」両極の性質を持っている点だ。
- SF的な妄想 → 月面走行、浮遊、自動補正走行
- 現実的なDIY → クローラー移植、エアレス試作
このグラデーションがあるからこそ、“完全なフィクション”にならない説得力が生まれる。
そしてこの説得力は、少しずつ少しずつ、現実を変えていく。
未来予測:10年後、「タイヤって古くね?」と言われる日
現時点ではタイヤレス化は、あくまでも“異端”で“挑戦”だ。けれど、10年後、20年後になって「昔はゴムの輪っかで走ってたらしいよ」と笑われる未来が来るかもしれない。
- タイヤの価格高騰
- ゴム資源の枯渇
- 地球温暖化対策としての脱タイヤ技術
- 道路の質の変化(フローティング型レーンなど)
これらが進めば、タイヤという“当たり前”が、当たり前でなくなる日が来る。
そしてそのとき、“最初にぶっ飛んだことを考えた人たち”の存在が、初めて評価されるだろう。
第5章:想像してほしい、タイヤが無いランクル70の走り
まず、目を閉じてみてほしい——タイヤのない“あの車”が動き出す瞬間
想像してみてほしい。
朝焼けのなか、静まり返った砂漠のど真ん中。
そこに、ゆっくりと姿を現すのは、あの無骨なボディ——ランクル70。
しかし、どこかがおかしい。タイヤが……無い?
いや、よく見てみると、その下にあるのは複数のスキッドプレートか、ベルトのような走行装置。しかも、音がやけに静かだ。エンジン音は響くが、地面との接地音がゴムじゃない。
それはまるで、「浮いている」ような印象すら与える。
見た目はダサい? いや、むしろカッコいい
「タイヤが無いランクルなんて、バランス悪くてカッコ悪いだろ」と思った人もいるだろう。
けれど、実際にその姿を想像してみると、意外なほど**“機械生命体”っぽい迫力**が出てくる。
足回りがクローラーになっている場合、車高が異様に高く、四角い車体が“歩く戦車”のような威圧感を放つ。
スキッドプレート型なら、ぬめぬめと地面を這う異形の存在。
タイヤという“丸み”が失われたことで、ボディの直線美がより引き立つのだ。
- 無機質
- 非日常的
- 荒廃した未来に似合う“終末系の美学”
見た目のインパクトは、正直、やばい。これはもう「カスタム」ではなくアート作品の領域。
どんな地形を走る? 想定される使用シーン
では、実際にタイヤレスのランクル70が走るとしたら、どんな場所が想定されるのか。
タイヤでは走破しづらい場所こそが、本領発揮の舞台だ。
- 新雪が積もった深い雪原
- 砂丘地帯やサハラのような乾いた大地
- 火山岩がゴツゴツ並ぶ溶岩地帯
- ぬかるみが深い泥地や水たまりエリア
- 舗装されていない、廃墟化した都市
特に、クローラー仕様であれば、圧倒的な安定性でどんな悪路でも前進できる。また、エアレススライド型であれば、走行というよりも“滑走”に近い。スキーと車の中間的な感覚。
「進む」というより、「這う」「浮く」「滑る」という言葉が似合う。
「走る」だけじゃない、新しい“乗り心地”
タイヤがないということは、当然、乗り心地も一変する。
今までのように「段差を乗り越える感覚」はない。代わりにあるのは、振動を逃がす独自のクッション構造や、低重心を維持するための車内バランス機構。
想像してみよう。
- まるで船に乗っているような、微かな揺れ
- アスファルトの上では“異様な静けさ”が漂う
- 凹凸の少ない場所では、むしろ“吸い付くようなフィーリング”
しかも、構造上はサスペンションも再構築されるため、「硬いのに快適」「重いのに滑らか」という矛盾のような乗り心地が実現する可能性もある。
この体験は、まさに「未来の車」に乗っているかのよう。
街を走ったら、絶対に二度見される
そしてこれは間違いなく言える。
街中で走ったら、100%注目の的になる。
- 「あれ何!?戦車!?」
- 「なんか、浮いてる?」
- 「てか、タイヤないけど走ってるよあの車……」
インパクト、注目度、話題性——全部がフルスコア。
SNSでバズること請け合い。信号待ちの間に、写真撮られまくる可能性大。
車という枠を超えた**“移動型のカルチャー発信装置”**になる。
最後に——想像するだけでニヤけてしまう、この自由
ここまでくると、もう性能がどうとか、メリットがあるとか、そういう話ではない。
ただただ「こんなのあったら面白いよね」という純粋な妄想の悦び。
この章で伝えたかったのは、
「タイヤレス化って何か技術的に凄そう」ではなく、
「そんなクルマ、乗ってみたい!」という感情のワクワクなのだ。
自分だけの、誰も見たことのないランクル70。
それはもはや、車ではなく、**走る“自分の思想”**なのかもしれない。
第6章:「利点 vs. 落とし穴」——タイヤレス化がもたらすリアルなメリットとリスク
夢を見せた後に、冷や水をかけるようだけど——現実も見ようか
ここまでタイヤレス化の面白さや可能性について、かなり夢のある話をしてきた。でもそろそろ、“現実”にも目を向けるタイミングだ。
「やってみたい!」で終わらせるのではなく、「やったらどうなるか?」まで踏み込んで考えてみる。
ここでは、メリットとデメリットの両面をきっちり洗い出してみよう。
メリット1:パンク・空気圧のストレスから解放される
まず分かりやすい利点として、パンクの心配がないという点が挙げられる。タイヤが無い、あるいはエアレスタイヤ・クローラー等に置き換えられていることで、次のような恩恵がある。
- 釘やガラス片でのパンクゼロ
- 空気圧チェック不要
- 高温・低温環境でも安定した接地性
特にオフロードや長距離ツーリングでは、この“安心感”は大きな武器になる。
メリット2:設置面積の増加による走破性向上
クローラー型やワイドな接地プレートを使えば、従来のタイヤよりも接地面積を稼ぐことが可能。その結果:
- 雪、砂、泥などでの沈み込み軽減
- 安定性の向上(転倒リスクの低下)
- 傾斜地での走破力が上がる
これは、もはや「車」というよりも「移動する地面」としての信頼感。特定環境では、タイヤよりも優れた走破能力を発揮する。
メリット3:“注目度”という最大の武器
これは性能とは別軸だが、やはり圧倒的なビジュアルインパクトは強い。
- 車イベントやミーティングでの話題性
- SNSやYouTubeでの拡散力
- 「こんなの見たことない!」という圧倒的差別化
つまり、実用ではなく“表現”としての価値が非常に高い。タイヤレス・ランクルは、まさに“走る自己主張”。
さあ、ここからが本番。落とし穴にご注意を
ただし、メリットばかりに目を奪われていると痛い目を見る。タイヤレス化には当然ながらリスクや課題も山積みだ。
デメリット1:とにかく金がかかる
一番現実的な障壁は、コストだ。
- クローラーシステムやエアレス技術は高価
- 特注パーツがほとんど
- 車体との適合テストや試作費用が必要
- 公道走行を考えると法規制対応が必須
ざっくり言えば、「自作ガレージ+趣味予算」では到底収まらないレベル。ある種、**金と時間を燃やす“沼”**になる覚悟が必要だ。
デメリット2:車検通らない問題
最大の障壁、それは法的な壁。日本の車検制度は非常に厳しく、「純正状態を基準に作られている」と言っても過言ではない。
- タイヤが無い構造は、そもそも想定されていない
- 接地面の素材や形状によっては車両として認可されない
- 安全基準(制動距離・旋回性など)を満たすのが困難
つまり、タイヤレス・ランクルは、**構造変更申請だけでは済まない“フルビルド扱い”**になる可能性が高い。
デメリット3:制御・安全性の課題
物理的には構造変更できたとしても、**安全に走れるか?**は別問題。
- クローラーやスキッドでのステアリング制御が難しい
- 急ブレーキ・坂道での挙動が予測不能
- 高速走行が不可能 or 極めて危険
これは、「走るだけならできるかも」でも、「日常使いは無理」という現実。面白いけど、マジで危ない、このギャップが大きい。
デメリット4:整備・部品の入手困難
当然だが、タイヤレス車両なんて整備したことある整備士、ほぼいない。
壊れたらどうする?不具合が出たら?代替パーツは?
すべて自己責任、自力で対応が前提になる。
- 一般的なカーショップでは対応不可
- 保険会社も対応しづらい(=事故時の補償リスク)
- 長距離移動時のトラブル対応が絶望的
まさに孤高の改造マニア専用ゾーン。
それでも、やりたいなら覚悟を決めろ
ここまで読んで、「やっぱり無理だな」と感じた人が大半だろう。それで正しい。
でも、「それでもやってみたい」とニヤけた人こそが、この世界の住人だ。
タイヤレス化は、快適さの追求でも、利便性の追求でもない。
“誰もやっていないことを自分の手でカタチにする”というロマンなのだ。
やるなら“ここに気をつけろ”チェックリスト
最後に、もし本気でタイヤレス・ランクルを考えるなら、最低限これだけは意識しておきたい。
- 【技術面】車体重量と接地構造の設計が命
- 【法規制】車検や公道走行を前提にしないほうがよい
- 【資金面】100万円単位で消える覚悟を
- 【安全性】テスト走行は私有地 or クローズドコースで
- 【モチベーション】実用性よりも創造性を重視すべし
第7章:未来のカスタムの在り方として、“タイヤレス”はアリなのか?
「アリかナシか」で語れる話じゃない
ここまで、タイヤレス化という奇抜な発想を“ランクル70”という文脈で徹底的に掘り下げてきた。
ふと立ち止まって、あらためて自分に問いたくなる。
——「結局、これは“アリ”なのか?」
だが、先に答えを言ってしまえば、それはYES/NOで割り切れる問いじゃない。
なぜならこのテーマは、性能とか利便性とか、そういう尺度を飛び越えたところにあるからだ。
車は「移動手段」か、「表現手段」か?
20世紀の車は、“移動”のための道具だった。
だけど今、車は“自己表現”の手段になりつつある。
とくにカスタム文化においては、その傾向が顕著だ。
- 他人と違うことをしたい
- 好きなモノを好きなカタチにしたい
- 誰かに「すげぇ」と言われたい
そんな気持ちの延長線上に、タイヤレスという選択肢が見えてくる。
たとえば、ある人にとっては「意味のないこと」に見えるかもしれない。
でも、別の誰かにとっては、「この上ない意味を持つ改造」になり得る。
それが“カスタム”という文化の本質なのだ。
ランクル70に“思想”を乗せる
ランクル70は、もともと実用性と信頼性のかたまりみたいな車だ。
だけどその圧倒的な堅牢性は、「どんな無茶にも耐えられる」という裏返しでもある。
だからこそ、多くの改造派にとっては、“理想のキャンバス”になってきた。
そして今、そのキャンバスの上に描かれようとしているのが、
**「タイヤのない未来」**という一つのビジョン。
これは単に機械的な進化ではない。
むしろ“思想の表現”に近い。
- 「常識なんて関係ない」
- 「前例がなくてもやってみる」
- 「他人に理解されなくてもいい」
そういう思いを乗せて、走る。
それがタイヤレス・ランクルだ。
「現実」にフィードバックできる可能性もある
面白いのは、こういう“ネタ改造”が、意外と現実のテクノロジーに影響を与えることがある、という点だ。
- 最初はバカにされていたエアレスタイヤが、今や実用化目前
- クローラー式のEV移動車が山間部で活躍中
- 月面探査機の技術が、雪国の物流システムに応用されている
つまり、“変態の遊び”が、いつか誰かの役に立つ日が来る。
だからこそ、タイヤレス化という発想も、「未来の種」として放っておく価値がある。
妄想を笑う人と、育てる人
ネット上でこの話をすると、たいてい二種類の人が現れる。
1.「意味不明」「実用性ゼロ」「頭おかしい」と切り捨てる人
2.「それ、面白い」「やってみたい」「どうやったらできる?」と食いつく人
もちろん、どちらが正しいとかではない。
でも、新しいカルチャーや価値観は、いつだって“後者”から始まる。
世の中の常識を動かしてきたのは、最初に笑われたアイデアばかりだ。
タイヤレス化の“今後”を決めるのは、あなた
タイヤレスのランクル70。
この言葉だけで、ニヤリとする人がどれだけいるか。
それが、未来を決める指標になるかもしれない。
実現するかしないかは、関係ない。
大事なのは、「そういう可能性を想像する文化」が育つこと。
それが、車という乗り物をただの移動手段から、“夢の装置”に変える。
最後に:あなたはこの“妄想”を笑えるか?
本気でタイヤレス化を考えてる?
それとも、読みながらクスクス笑ってる?
どちらでもいい。
このテーマは、笑われてこそ価値がある。
だけど、心のどこかで——
「もしかしたら、アリかもしれない」
そう思ってくれたなら、それで十分。
ようこそ、カスタムという名のパラレルワールドへ。
あなたの中に眠っていた“狂気”と“ロマン”、きっと少し目を覚ましたはずだ。
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